それマグで!

知識はカップより、マグでゆっくり頂きます。 takuya_1stのブログ

習慣に早くから配慮した者は、 おそらく人生の実りも大きい。

授業で教えるということ。

稀有な機会を頂いて、人に物を教えるという体験をしました。

その時に準備や進行で感じた苦悩をまとめることにしました。

ただ、私も未熟なのでなかなかすべてを実践することが出来ませんでした。ツライ

元々は、結城浩先生の「教えるときの心がけ」をベースに授業をし、その時感じた自分の考えや体験を踏まえメモを書いていたものです。

授業の進め方で注意すること

  • 教科書を無視しない
  • 準備のやめどきを知る
  • パワーポイントは使うべきではない
  • 原理原則を説明すること
  • 演習時間を取ること
  • 演習態度と演習結果を見ること
  • 解説は大胆に、指示は明確に
  • 出来る生徒向けに、追加課題を用意すること
  • 主役は生徒であること
  • 無理に媚びないこと
  • 否定的な言葉使わないこと
  • 今日の成果より、先週と比較すること

教科書を無視しない。

教科書は大事です。教科書は「共有知識」であり「共有情報」です。

学生と教師の間で無条件に共有されているものです、新しくサイトを紹介したり、プリントを配布するより、ずっと低コストで情報共有が出来るとても重要なツールです。良いサイトを紹介しても、学生はいつでもそのサイトを見るとは限りません。プリントは紛失されます。プリントを何度も配布する羽目になります。教科書がベースです。

講義期間が終了したそのあとに学生の手元に残るのは教科書です。だから教科書をとても大事にして下さい。

準備のやめどきをしる

完璧など世の中には存在しません。この世に存在するのは、目的を達成するためにベターな手法です。良い教科書やいい資料があっても完璧な準備などありえません。

完璧な授業準備資料は、より良い授業の手段の1つです。最高安全性能の高級自動車でも運転手の不注意で事故は起きます。また心ない運転手によって事故は起きます。完璧な資料も私達の扱い方でその価値は大きく変化します。

資料はよりよい授業をするパーツの1つです。資料の完成度を高めるには、何度も同じ授業を繰返し洗練していくのが近道です。

さらにいえば、授業をよくするためには、教師と生徒の関係性、とくに信頼関係や授業意欲が大事です。

クラスの雰囲気をまとめることだって準備です。資料の美しさにこだわりすぎないことです。

パワーポイントを使うべきはない

パワーポイントには書き込みができません。あれは授業を進めるためのツールではありません。パワーポイントは言葉と情報を伝えるためのものです。

授業の目的は生徒に伝えることです。ところが不幸にして言葉はいつも多すぎたり少なすぎたりします。言葉は情報の伝達には便利だけれど、知識の伝達では言葉はいつも足りないのです。

授業で教えることは「情報」だけではないでしょう。知識を、いや知識の背後に頑として存在する「概念」を伝えているのです。概念を知ること世界が広がります。概念を知らないものには暗夜行路なのです。いくら言葉を紡いでも言語情報としての概念しか伝わりません。

言葉だけでは伝わりません。身振り手振りさらに表情や、語気の強弱、真剣な眼差し、知識への愛情もそういうのも含めて「伝達」です。

ホワイトボードにいっぱい矢印を書いて下さい、ホワイトボードは身体全体をつかって順序と関連を矢印で書き示す事ができます。

言い訳に耳を貸さない

世の中不条理です。

努力して報われることがどれほど多くありましょうか。結局は世の中など不条理で摂理は無視されズルは見逃される。しかし不満を解消するには努力しか無いはずです。

それでも、すぐに言い訳し、これを自己正当化する人も多いです。そのため、サボりや言い訳自己弁護の誘惑が氾濫しています。みな自分を見失いないます。

そう、だれでも人生を変えるには努力しかないです。どんな不条理な反例がまちうけようと、言い訳とズルをしない、この原理原則を踏み外すわけにはいきません。不条理を嘲ってもなにもありません。不条理がまちうけようと努力を続けるよう心を鍛えるんです。

努力を続けるの原理原則なのです。私たちは結果がすぐに出ないので例外に気を取られてしまうのです。その言い訳に耳を貸してはいけません。変わるまで辛抱強く励まして褒めるしかないのです。

原理原則を説明すること

原理原則を何度も丁寧に解説する必要があります。知識の伝達も、言い訳の例外と同じです。

知識や概念を伝えるにも「原理原則」を確実に伝える。このことがまず第一にあるべきです。

原理原則を例示で伝えようと、例示を増やせばふやすほど脇道に逸れます。例外を説明すると原理原則がぼやけてしまうのです。

伝える情報は簡潔に。簡潔に原理原則を伝える。それも完全に伝えきる事が大事なのです。細い事象や例外、特定条件下、非日常など、例外を話題に出し、情報量が多すぎるそんな授業や、体験談で時間稼ぎをするような授業は果たしてどうでしょうか。

原理原則を簡潔にに何度も繰り返すのが大事でしょう。情報量が増えれば迷いも増えます。つまり、例外を例外と認知出来るように鍛えましょう。原理原則を脳に刻み込んで鍛え上げるのです。

演習時間

演習時間は必ず取らないといけません。一方的な講義ほど退屈なものはありません。

本当に新しい概念であれば、それを知った人は使ってみたくなるのです。使ってよりそして深く知る。実践によってそれが心に刻まれるのです。

知識や概念は丸暗記でも身につきます。ただ応用や展開をするには「考える」チカラが必要です。

その考えるチカラに「自らのつまづき」が必要なのです。知識はすでに知っている前提知識と結び付いて強固になり、チカラとして身につきます。

しかし不幸にも前提知識に触れられないまま年齢を重ねてしまった生徒も大勢居ます。その時はまず知識を丸暗記することで前提となる知識を増やす必要があります。丸暗記するにはチェックと繰返しが重要です。そのためにも演習時間は必要になってきます。

前提知識のない生徒には丸暗記による前提知識の蓄積を、前提知識のある生徒には知識と知識の結合をすすめます。

このどちらの生徒に対しても演習時間で知識の整理確認が必要で、演習時間で判断整理することも必要なのです。

演習結果

演習結果をチェックすることは、演習と同じくらいに大事です。正解か不正解に学生の興味が集まりがちです。大事なのは過程です。

答合わせを学生に任せるのは、授業では仕方の無いことなのかもしれません。授業時間中に全員の答案とその過程をチェックするのは大変でしょう。

そこで模範解答を紹介するとなるでしょう。しかし学生は、正答・不正答に注目しがちです。過程を忘れがちです。

そのため、各々がどこで躓いたか、ナニがわからず前に進めないのかが、気付かずに出来ないままに放置し、躓きを自覚できないままになります。

出来る限り演習を取り入れ、演習中に、その過程をつぶさに観察することが大事です。

演習結果を振り返り、しっかり躓きを取り除く、同時に演習時間中に躓きや誤解したままの箇所を指摘するようにした方がいいでしょう。

出来る生徒向けに、追加課題を用意すること

理解の速い生徒、集中力のある生徒、また生徒もその日の調子によってパフォーマンスが異なります。

演習時間を取ったとしても、 すべての生徒が同じペースで演習を完了することはないでしょう。そこで終わった生徒向けに追加課題が必要です。

早く終わった生徒は、課題がカンタンだと授業をなめてかかります。それは自惚れにすぎないのでしょうが、なめてかかることは危険です。

鉄は熱いうちに打つこと大事なのです。演習と追加課題で記憶が新しいうちに定着を図ることができます。

大胆な解説、明確な指示

授業とは新しい「概念」や「考え方」を教えることになると思います。そのために原理原則を教えるのですが、この時は大胆なくらいの喩え話や笑い話で飽きさせないくらいで丁度良いかもしれません。

しかし、演習や模範解答を示すときは同じではいけません。

演習の際にだす指示は、細かく明確である必要があります。開くべき教科書のページの指定、解き方の図示、ファイル名すら指定する必要もあるでしょう。そのためには逐一の1ステップずつの細かい指示が必要です。聞き逃す事も避けために、指示を大きな文字で1件ずつ掲示する必要があります。演習指示の出し方に細心の注意が必要です。

そのためには、出題提出方法や演習結果のチェックなど、教師にとってはいつもの「当たり前」のスタイルですら、生徒と教師で授業と演習の進め方として「パターン」を共有する必要があります。

主役は生徒であること

授業の主体も、中心も、学びの主体は生徒です。授業は生徒のためにあります。準備も生徒のためです。すべて生徒が中心です。 生徒が新しいことを知るのがすべての中心になります。

無理に媚びないこと

生徒が中心で、生徒のために行われる授業です。先生を好きになってもらうと更に捗ることでしょう。ですが、授業は好きになって貰うことが目的ではありません。好きになって貰うために、無理に媚びても仕方がありません。無理矢理に若い子向けの話題を仕入れても生徒から見たら本当に見苦しいだけです。

授業において、生徒もどこまで行っても他人です。友だちのような関係にはなれません。授業では授業を通した付き合いが限界です。媚びることで学生になめられるだけ損です。 生徒の興味を引くのは大事です。しかし興味の方向を向ける先は授業の内容です。あまりに媚びすぎて関係のない話する必要もなければ、無理に学生達の話題に参加する必要もありません。その時間を授業内容への興味の育成に割くべきでしょう。

否定的な言葉使わないこと

私達は、生徒への信賞必罰の特権を与えられています。信賞必罰どころか生殺与奪権と言ってもいいでしょう。否定的な言葉で生徒の心を折ってもお互い疲れるだけです。生徒の心を折って可能性の芽を摘み取り人生を台無しにするかもしれません。ですから、いかなるときも否定的な言葉は回避するべきです。

言葉だけではありません、態度、語尾、表情、私達の行動のすべてが信賞必罰になりえるので厳重な注意を求められます。生徒のやる気を育むのも殺すのも教師の態度一つなのです。いかなるときも否定的な言葉と態度は避けるべきです。たとえ学生が失敗したり、私達の注意に耳を傾けない、学生の怠慢のとき、たとえそのような時でさえ否定的な言葉は避けるべきです。

学生の態度は「意思表示」です。その意志を汲み取らなければ、信頼関係は作ることも出来ず、授業に参加してもらうことすら叶いません。

そうか、授業がつまらなかったのか、残念です。でも次回は面白くなるようにまた頑張るから聞いていてもらえるかな。

学生のワガママに耳を傾け、受け入れた上で、私達の指示に従ってもらう。そのような言葉のストックを、肯定的な言葉の倉庫を充実させていくと役に立つかもしれません。

今日の成果より、先週との比較。

大事なのは成長です。今日できないことが未来に出来るようになれば、それでいいのです。そのために一歩ずつ進んでいるのです。今日できなくても、また今日成功しても、来週はどうなっているかわからない。それがヒトです。年齢に関わらず人は変わることが出来るのです。私達は変化を重視するべきなのでしょう。

私達に毎日同じ日は来ません。学生も同じです。前回から成長していることを、変化を見つけてください。学生の変化を見つけるとは、学生にとって褒められることと同じだけの効果を持ちます。

変化を見てもらえる安心感。見守ること、見守られる安心感で学生は大きく羽ばたくことができるでしょう。

記述

未来の自分に向けて、そしてこれから教える立場になる人へ

初出 2015-06-26 最終記述 2015-06-21 言い訳について改筆 2016-07-30 記述者 takuya_1st

版 1.0

参考資料

教えるときの心がけ

はじめて授業をするときに、結城浩先生のこの記事に出会わなければ、もっと迷っただろう。失敗を何度も繰り返していただろうと思う。教えるときの心がけで道を示してくれた結城浩先生に感謝です。